ルクセンブルク

日本からルクセンブルクに移住。GDP世界一のお金持ちの国ルクセンブルクがどんな国なのか,ドイツやフランスなどの周辺国の旅行記事とともにレポートします。

人に必要とされる人

 今日はルクセンブルクに住む日本人を対象にしたソフトボール大会がありました。
 計7チーム,100人くらいはいたのかな,とっても楽しめました。 

人の心遣いを言葉にする

 何かするときには,さまざまな立場の人が必要です。
 今回でいえばチームを運営する人,この人は試合に出たかなぁとか,試合の展開によって起用する人を変えたり,うまくなじめない人に声をかけたり。
 野球・ソフトボールがわかる人は,審判をかって出ていた。3試合ずっと審判は,文句の1つも言っていいと思うけれど,そんなのは一切なし。器の大きさを感じた。
 お弁当を作ってくれる人,片づけをする人,試合を盛り上げる人,どの人もソフトボール大会には必要で,それは,任されたものもあれば,自分で見つけたものもある。
 
 人はそんなにたくさん,誰かに何かしてもらっている。
 けれど時に,それを忘れて,何かしてしまうことを当たり前だと思ったり,気づけなくなったりする。

与えられることに慣れた日本人

 レストランで座れば水が出てくる。
 学校に着けば先生が何か教えてくれる。
 youtubeを見ればyoutuberが楽しい気持ちにしてくれる。

 今の日本人は,あまりに誰かが何かしてくれることに慣れすぎている。
 だからこそ,何かしてくれなかったとき,不平不満をもち,やつあたりしたりする。
そういう見苦しい場面を,何度も見る。
 そういう人間にはなりたくないし,そういう人と一緒にいるのもご遠慮したい。

与えられる人間になる

 価値を与えらる人間になるということは,社会の中で生きていくことで重要だ。
 与えられることに慣れてはいけない。
 その場その場で,自分ができることを探すクセをつけたい。
 例えば,冒頭で述べたように,片づけや準備はいつだって誰だってできる。
 
 誰かの価値を認めれる人間になるという視点も大切である。

 あなたがいたおかげで楽しい時間を過ごすことができた。
 あなたの作ったお弁当はとてもおいしかった。
 あなたの気遣いがとてもうれしい。

 ありがとうの言葉に,相手が価値を作ってくれたことに気付いているよ,という言葉をそえる。
 自分が頑張ったことに気付いてくれる人,気づくだけでなく評価してくれる人は,「あの人にまた会いたい,一緒に仕事がしたい」と思われる人であるに違いない。